エヴァンゲリオンの全て(人類補完計画など)をわかりやすく紹介する

エヴァンゲリオンの全て(人類補完計画など)をわかりやすく紹介する

1995年にテレビシリーズが放映されて以降、様々な社会現象を引き起こしながら日本中に大きな広がりを見せたアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」。

その広がりは、今なお止まることはありません。劇場版の最新作となる「シン・エヴァンゲリオン劇場版」は2021年内に公開される予定となっています。

ここでは、そんな「エヴァンゲリオン」について、その概要のすべてを紹介したいと思います。

「ストーリーや内容などについて忘れてしまったから思い出したい」「謎や解釈についておさらいしたい」「新劇場版から入ったのでテレビアニメからの流れを知りたい」「名前だけは聞いたことあるのでこの機会にざっくり知りたい」「よく知らないけど興味はある。そもそもどうしてこんなに有名なのか知りたい」といった要望すべてにお応えしたいと思います。

なお、難しい表現やロジックが一つの売りとなっているアニメ作品ではありますが、ここではなるべくわかりやすく紹介したいと思います。

非常に面白く、のめりこめる高質で優れたアニメ作品です。

ぜひ、ご覧ください!

Advertisement

概要

作品の流れ

1995年10月~1996年3月 テレビアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」放映(全26話)

1997年3月 映画「新世紀エヴァンゲリオン劇場版 シト新生」上映

1997年7月 映画「新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを君に」上映

2007年9月 映画「ヱヴァンゲリオン新劇場版:序」上映

2009年6月 映画「ヱヴァンゲリオン新劇場版:破」上映

2012年11月 映画「ヱヴァンゲリオン新劇場版:Q」上映

2021年 映画「シン・エヴァンゲリオン劇場版」公開予定

このように、テレビでの放映に始まり、以降今に至るまで劇場版が5作公開され、1作は公開予定となっている。四半世紀も稼働し続けているということだ。

企画・原案・脚本・監督・総指揮

庵野秀明

(※製作会社や出資会社との共同著作だが、果たしている役割から実質的に氏のオリジナル作品という認識が正しいだろう)

主制作会社

GAINAX(ガイナックス)(テレビアニメ~Air/まごころを君に)

khara(カラー)(ヱヴァンゲリオン新劇場版:序~)

※いずれも企画・原案の庵野秀明氏の所属会社

社会現象

テレビ放映前からGAINAXと庵野秀明という名前は、いわゆるオタクやアニメファンの間では知られていた。それは1990年にNHKで放送された大人気テレビアニメ「ふしぎの海のナディア」を制作したアニメ制作会社と監督だったからである。ナディアで技術・演出などすべての面で優れたクオリティを見せ脚光を浴びていたのだ。

そのスタッフが届けるオリジナルSFロボットアニメの放映とあって一部では既に大きな期待が高まっていた。そうした中放映された第1話で期待に違わないクオリティを見せつけアニメファンたちの間で一気に人気に火が付く。

そして、テレビでのオンエアが続く過程で、その人気がどんどん膨らんでいくことになる。生粋のアニメファンやオタクだけでなく、そうした人たちが周囲の友達や知り合いへの布教活動を通じて潜在的なアニメファンやオタクも呼び起こしていったのだ。当時はインターネットは黎明期で携帯どころか家庭でPCも普及していなかった時代であった。そうした時代にあってこの広がりは、この作品の魅力を純粋に表していると言っていいだろう。

そうして話数を追うごとに人気が膨れ上がっていく中迎えた最終2話。ここで日本アニメ史上未だ誰もしたことのない内容を放映する。それは動画をほぼ放棄し、静止画メインで主要キャラクターの内面のみに迫りエンディングを迎えるというものであった。

これが広く一般社会にも大きな話題を呼ぶことになる。実態は制作が追い付かなかっという理由によるものだったが、前代未聞の宗教的な絵面(※1995年に起きた地下鉄サリン事件のイメージが抜けていない時期でもあった)、作品内の謎やストーリー的な帰結は一切明かされず主人公が自身の葛藤を肯定して他のキャラクターから拍手を浴びて終わるだけという困惑のエンディングである。

この出来事をきっかけに一人気アニメ作品という枠を飛び越えて様々なメディアで話題になっていく。テレビ、新聞、芸術誌、カルチャー雑誌、オカルト雑誌、SF雑誌、論考誌といった様々なところで大衆が「エヴァンゲリオン」「庵野秀明」という文字を目にするようになっていく。

オタクやファンの間でも作品内の謎を解き明かす欲求が高まり、キャラや世界観への愛着と相まって作品への熱中度が上昇していく。いわゆる解釈本や論考本も多数出版され、公式が出版する書籍より多く書店に陳列されている状況も生まれる。

いわゆる二次創作も熱中度の上昇とともに大きく膨らみ、同人誌やインターネット内でのファンサイトにショートストーリーや絵が多く登場するようになる。キャラ同士のカップリングなども様々なものが出てきてオタクの熱い世界を大きくしていった。

その他にも、主題歌CDや関連CDがアニメ史上前代未聞の売上となり、中の人と呼ばれる声優陣にも世間の注目が集まっていく。今では声優という仕事は一般的になったが当時はそうではなかった。声優の社会的知名度を向上させた作品でもあるだろう。

アニメ誌や声優雑誌、ゲーム雑誌等もエヴァ関係の特集をこぞってするようになり売上を急速に拡大させていった。

グッズ展開等も拡大の一途を辿る。アニメショップは増え、ゲームセンターでもエヴァ関係の景品が多く並ぶようになる。

そして最も影響の中心となったアニメ関連業界の市場も急速に膨らんでいく。エヴァで成功したテレビ東京は遂に史上初の深夜枠でのアニメ放映を決め、週に数十本のアニメを放映していく。テレ東での成功を見て他のテレビ局も追随。夜中にテレビをつければ必ずどこかで深夜アニメがやっているという日々になっていく。

ラジオ番組も声優番組が一気に増え、アニメ情報に特化した番組も増えていった。

今でこそ珍しくないが、アニメと企業のタイアップ文化もエヴァきっかけだ。水道局とのタイアップではオリジナルのポスターがつくられたり、Jリーグの試合では限定テレホンカードも販売されたりした。作中で登場した缶コーヒーのUCCなどとのタイアップも実現。限定商品がコンビニなどで並んだ。

このようにテレビ放映終了直後から、多くの市場を大きくしていくこととなった。これはテレビ終了後映画で本当のラストを公開するという流れになったことが大きな要因だろう。

テレビ終了から映画公開までの1年間という期間はこの熱量を破裂寸前まで膨らせるのに最適な時間となったからだ。

そうした中、「シト新生」の上映が近づく。前売り券発売日には深夜待機組、始発組が大挙して各映画館に押し寄せ、長蛇の列ができ、各局のニュースでも取り上げられた。(ちなみにこのときの前売り券は日本映画史上最も売れたと言われている。限定テレホンカードをつけたことが大きな理由の一つだ。前売り券に限定商品(コレクターアイテム)をつけるという手法は筆者が知る限りエヴァからである)

「シト新生」の上映でもしばらく長蛇の列が全国で見られる。だが、当初はこの映画で完結する予定であったがまたしても制作が間に合わず、テレビシリーズの総集編と一部新作が公開されるだけとなった。

その結果次の「Air/まごころを君に」までファンは完結を待たされることになり、破裂寸前だった熱量が遂に破裂し始める。匿名掲示板では庵野氏やガイナックスに対する罵詈雑言が並んだ(今では誹謗中傷や脅迫罪として問題になる書き込みもあった)。

そして「シト新生」から約半年後完結編の「Air/まごころを君に」が遂に上映される。アニメーションとしての完結を見るが、実写映像を交えたり、ラストのヒロインのセリフの衝撃など話題には事欠かなかった。

この完結編も大きな話題を集める。様々なところで論考や感想、意見が語られ、プロの漫画家やライトノベル作家、アニメーターなども自身の作品の巻末等で意見を述べるに至る。

エヴァへの対抗心や反発心、共感、など業界内でも愛憎渦巻く作品となり、その情熱が以降のコンテンツに強く反映されるようになる。エヴァ以降しばらくあらゆるエンタメコンテンツにおいて、作り手のクリエイターやアーティストとしての強い思いがその作品のテーマとして反映されるようになり、魅力的なコンテンツが増えていく。(テーマ性の強い作品は好き嫌いも生まれるが総じて情熱的なため質が高く魅力的な作品が多いと思うのは筆者だけではないだろう)

こうした熱い時期を経て2007年から今に至るまで新たな劇場版を制作・公開するに至る。これは企画当初から庵野氏の構想にあったもう一つの選択のエヴァを提示するという趣旨の内容となっている。1995年~1997年のエヴァは大きなムーブメントの中で庵野氏自身の感情の動きにより「あのときにしかできないエヴァ」となっていることから、「企画当初から頭にあった内容を再現したい」という動機と「エヴァのムーブメントを経ても変わらないアニメ業界に対して新たな可能性を提示したい」という動機に基づき制作を決めたもののようだ。

Advertisement

魅力

SFロボットアニメとしてのロマン

エヴァンゲリオンの搭乗、発進、操縦ともに細かい設定があることが表現されている。

各部品の動きがリアルに細かく描かれているだけでなく、それが別に専門家でなくてもわかりやすく表現されている点は、男心をくすぐる。歯車が回るシーンなど単純で機械的な動きが随所に描写されており、これが世界観にのめりこめる理由の一つとなっている。

動く理屈は、ガンダムのように”なんとなくな”機械仕掛けとは違い、人体とのシンクロ(神経接続)という設定にしており、フィクションに不思議なリアリティをもたせている。秀逸な設定である。

緻密な設定

すべての面で緻密な設定が施されている。ストーリー、ロボット、キャラ、キャラ同士の相関、使徒と呼ばれる敵、主人公の属する組織やその周りの組織、学校や町などの舞台、明かされる謎と明かされない謎、など枚挙にいとまがない。

各話のタイトルや英語タイトル(劇場版の英語タイトルにはYOU CAN(NOT) ○○など、肯定は否定も意味するといったような表記を入れていてテーマに触れている)に加え、オープニング曲やエンディング曲にもストーリーやテーマと無関係な意図となっている部分は全くなく、作品における何かしらの意味を様々な部分で多く持たせている。

リアルなキャラクター

年齢を明確にしたキャラクターが多く出てくることが一つ。例えばエヴァに乗る主人公は14歳という年齢が明確になっており、そこに意味を持たせている。

セリフや表情もいわゆる一般的なアニメのようにデフォルメされた演技やデザインによるものではなく、かなりリアルなトーンとなっている。

デザインはどこか無機質で普通。演技も過剰なトーンでの表現は控えめである。(これは庵野氏の指示であるとのことだ)

性格についても、妙に生々しい。正義のために燃えて頑張るといったような感情表現豊かな、いわゆるアニメ的なキャラクターは不在で、どこか皆他人との距離を測っていたり、自身の内に閉じこもる瞬間があったり、外面と本音を使い分けていたりする。

主人公が作中で最も内向的な性格であることはその象徴だろう。

また、それぞれの立場や役割の違いから性格に違いがあるように見えるが、根っこの部分では似ているキャラばかりと言える。どこか強迫観念的で、ネガティブである。これは庵野氏に内在する精神性が全キャラに反映されているからだとする説が有名である。

多くの謎

聖書などに関連した用語、心理学に関連した用語、などが多く出てくる。こうした点が謎が謎を呼ぶ展開を創出していると言えるが、どれもストーリーに直結する使われ方であるのが面白いところだ。

用語の意味を知れば謎の一端は見えるが、それがさらに謎を呼ぶ内容となっている。キャラによっても認識や理解が違っていたりするため、唯一無二の正答を探すのは難しい。

庵野氏はエヴァの企画段階で多くの聖書や神話などを読んだそうだが、そこから着想を得た彼の頭の中にある緻密な設定を必要のある範囲で作品中で披露しているだけなのだろう。

こうした謎を知りたいと思う欲求は、視聴した人、作品に熱中している人ほど出てくるのは当たり前である。

視聴者への仕掛けという意味でもエヴァンゲリオンの魅力を語るうえで欠かせない要素である。

斬新な技術・演出

アニメーションとしての技術が最先端で高品質である点も魅力だ。

テレビ放映当時はセル画の時代であるが、その中に今でも見劣りしない電子的な画像が多く出てくる(ネルフ本部内のマップ図やスーパーコンピュータMAGIの画面、エヴァの実験中のグラフ画像など)。

こうした部分が作品への没入感を高めてくれる。

ちなみに技術的な面で言えば、「Air/まごころを君に」のスタッフロールは美麗で見事であった。今でもアニメ史上最高のスタッフロールであると断言する。

また、演出面でも、主人公が自問自答するシーンを深層心理の電車の中で行ったり、線が走る映像(線画)を加えることで気づきや精神的なゆらぎを表現したりしている。このような表現技法を用いたのは後にも先にもエヴァンゲリオンだけである。

少しメタ的な視点で言えば、テレビのオープニング曲に「監督・庵野秀明」という名前が原画として入っていたり(通常のスタッフロールのテロップではない。恐らくエヴァンゲリオンという作品そのものが庵野秀明自身であるという意思表示だったのだろう)、エンディング曲は同じ曲でありながら毎週歌い手が変わったりインストゥルメンタルになったりとしている点もエヴァンゲリオンが初めてだ。

テレビ25・26話は上述の通りだが、「Air/まごころを君に」では実写映像を挿入し、声優陣やAV女優もそこに登場している。

BGM等にクラシック曲を用いている点も特徴的だ。

これらは、すべて、庵野秀明がエヴァンゲリオンという作品で言いたいことを表現するために可能な限り適した手段をとった結果ということかもしれないが、作品を彩る魅力である。

濃厚なテーマ性

これもエヴァンゲリオンを語るうえで欠かせない魅力だ。

様々な謎やSF的な仕掛けがあるが、それをつらつらと見せ、視聴者にただただ楽しい時間を提供するということを目的にしていないことは明らかである。

大枠は主人公の成長物語であるが、ほとんど目に見える成長をしない。一歩進んで二歩下がるを繰り返している印象だ。「Air/まごころを君に」の中で「自己嫌悪とぬか喜びを繰り返しているだけ。それでも前に進めた気がする」というセリフがあるが、まさにそういうことなのだろう。

また、主人公の自我の確立、アイデンティティの確立が物語のゴールのように表現されている。

自分とはなんだ、他人とはなんだ、他人の存在は自分にとってなんだ、という自分の存在意義を確認するためだけにすべてを費やしているという見方が可能なストーリーなのだ。

こうしたテーマに対する感じ方は人によって違うだろう。「この世に生を受けた時から自我なんて当たり前にあるんだから何を言ってるんだこいつは」と思う人もいれば「一生をかけて追及していく人生そのものだ」と思う人もいるだろうし、「14歳くらいの思春期はそんなこと考えてたなあ。過ぎ去った過去だけど」と思う人もいるのではないだろうか。

ただ、そうした様々な思考を視聴者に投げかけるという意味で、テーマ性はエヴァンゲリオンという作品の根幹にある魅力であることに間違いない。

Advertisement

ストーリー

2000年にセカンドインパクトと呼ばれる地球規模の大災害が起こった後の2015年の世界が舞台。

母は亡く父と離れて暮らしていた14歳の少年碇シンジは父ゲンドウに自身がトップを務める組織ネルフのある第3新東京市に呼び出される。

そこで汎用人型決戦兵器エヴァンゲリオンに搭乗させられ、使徒と呼ばれる化け物を敵として戦うことになる。

シンジは使徒と戦いながら周囲の人間との関係を構築していき、その中で自身の存在意義などについて自問自答を繰り返す。

一方、ゲンドウは”人類補完計画”という自身の目的に邁進する。

最終的にゲンドウの目的である人類補完計画のトリガーとなったシンジは人類を滅ぼすが、自我を取り戻し、アスカとともに生き残る。

Advertisement

主要キャラクター

ここでは、常に物語の中心にいる4人の主要キャラクターを紹介する。

碇シンジ

主人公。14歳の少年。エヴァンゲリオン初号機のパイロット(3人目の適格者(サードチルドレン))。父はネルフの総司令碇ゲンドウ。亡き母は碇ユイ。性格は内向的。強迫観念的・内罰的な思考を持つが、心根は優しい普通の少年でもある。料理が上手。第3新東京市に来てからは上官の女性である葛城ミサト、同じエヴァパイロットで同級生の少女である惣流・アスカ・ラングレーとともに暮らす。

最終的に自己否定を繰り返し、人類補完計画を発動させ、人類を滅ぼしてしまうも、自身の存在を確認し肯定することに成功。アスカとともに生き残る。

ちなみに、アスカには異性としての女を求め、レイとミサトには母としての女を求めていることが随所で表現されている。

※新劇場版でも一貫して同じ問題を抱える少年としてほぼ同様に描かれている。物語の根幹を担う主人公なのだから当然と言えば当然だろう。

惣流・アスカ・ラングレー

ヒロイン。14歳の少女。エヴァンゲリオン弐号機のパイロット(2人目の適格者(セカンドチルドレン))。ドイツ人と日本人のクオーター。14歳にして既に飛び級で大学卒業済みの天才でもある。実母は自殺で亡くなっており、ドイツに残る父とその再婚相手の母という家族構成。性格は勝気でわがまま(いわゆるツンデレ)。実母に人形扱いされ最終的に自殺を目撃するというトラウマを持ち、強気な性格とは真逆の心の脆弱さを持つ。

シンジに異性としての好意を持っているが、それを最後までうまく表現できていない。シンジにとっての異性である自覚はあるが、それはあくまでシンジが自己認識をするための相対的な存在でしかないという意味であると考えている。最後にシンジとともに生き残ったがその理由も同様に考えている。実母に人形扱いされたトラウマと重なり、ラストでもシンジに拒絶的な言葉を放っている。

※「新劇場版:破」では”式波・アスカ・ラングレー”と名前を変えて登場。その意図は明らかになっていないが、私見では式波のほうが惣流より性格がデフォルメされており、別人感を覚える。これがどういう意味を持つのかは「シン・エヴァンゲリオン」でわかるのかもしれない。

綾波レイ

14歳の少女。エヴァンゲリオン零号機のパイロット(1人目の適格者(ファーストチルドレン))。シンジの母ユイのクローンであるが、性格は似ても似つかない。その生まれから人との接触を極端に避け、感情や言葉も必要最小限のものしか表現できない。

時折、シンジに対し母らしい側面を見せるが、魂は別のところから宿っている。ネルフの地下施設に保存されている第2使徒リリスの魂だと考えられる。

作中では、2人死に、3人目まで登場する。最後はリリスの身体との融合を果たし、シンジの思いに従い人類補完計画を発動させる。

当時それまでのアニメにはいなかった斬新なキャラであった。この綾波レイ以降無口キャラやクーデレキャラ、ヤンデレキャラ、物語の謎やテーマそのものを担うどこか神秘的なヒロインキャラが多く生まれた。

また、アスカタイプ、綾波タイプのダブルヒロイン制も以降のアニメ作品の定番となっていった。

※新劇場版では、テレビシリーズ旧劇場版より人間性を見せる描写が増えている。「Q」でテレビ同様リセットされたが、その意図は「シン・エヴァンゲリオン」でわかるのかもしれない。

葛城ミサト

29歳。女性。ネルフの作戦課長。階級は一尉で登場し、作中で三佐になる。ビール好きで家事は大の苦手。父は科学者だがセカンドインパクトで亡くなる。母については言及されていない。セカンドインパクト時父に守られ生き残るもその様を目撃し失語症になった経験がある。

加持リョウジとは大学時代に恋人関係にあった。作中で再び恋人関係に戻るが死別し、ミサト自身も最後はシンジを守り死ぬ。

作品内では最もアクティブな進行役を担っている。視聴者に近い情報量で謎に迫り、シンジたちに対し前向きなアクションを起こしている。

前髪はセーラームーンの月野うさぎデザインだが全体的には峰不二子的な雰囲気をまとうお姉さんキャラ。ガイナックスで言えばナディアで登場したエレクトラの系譜のキャラと言い換えてもいいかもしれない。

※新劇場版では、ネルフでの階級は一佐になっている。新劇場版が旧作の続編であることを意味しているのかもしれない。ちなみに「Q」では14年後の姿(43歳)で登場。

Advertisement

謎と解と考察

庵野秀明氏が墓場まで持っていくものが大半であると思われるため、100%の正解は永遠にわからないかもしれないが、ここまで明かされたことやそれに基づく考察をわかりやすくまとめてみる。

なお、一通りの完結を見ている旧劇場版までの内容をベースとする。

人類補完計画

エヴァンゲリオンにおける謎という点で言えば、恐らくすべての根幹として行き着くのが人類補完計画であろう。なのでこれを紐解いていくこととする。

【1】計画目的

群体として行き詰った人類を単体に人工進化させる(=魂の合一化=人類の補完)

《ゼーレの解釈》すべてを無に帰す=サードインパクト(滅びは新生の喜び)。ただし使徒ではなく人類の自らの手によるサードインパクト。つまりエヴァによるサードインパクト

《ゲンドウの解釈》当初はゼーレと同じ。だがゲンドウの妻でありシンジの母であるユイがエヴァ初号機に取り込まれた(ユイが自発的に取り込まれた可能性あり)ことをきっかけに初号機の中でのユイとの再会(初号機の中での魂の合一化)が目的となる

【2】計画骨子

《ゼーレ当初》不完全体のリリスによる遂行。リリスとエヴァシリーズの接触によるサードインパクト(すべてを無に帰す)。※リリスを不完全体(=ヒトのかたちを維持)にしておくにはロンギヌスの槍を刺しておく必要あり。なお完全体とはヒトのかたちを維持できない何か(LCL?)になるということを意味すると考えられる

《ゼーレ最新》ロンギヌスの槍が失われ、リリスがヒトのかたちを維持できなくなってしまったためリリスによる補完は断念。リリスの分身であるエヴァ初号機による遂行に変更。しかし起こす事象はサードインパクト(無に還る)であることに変わりなし。(※エヴァ初号機による遂行の場合、パイロットによる起動と自我の消失(アンチATフィールドの発生)をトリガーとする。セフィロトの樹を形成するエヴァシリーズをその触媒とする)

《ゲンドウ当初》ゼーレの当初の骨子と同様

《ゲンドウ最新》エヴァ初号機による遂行。エヴァ初号機内での人類の魂の合一化を図り、ユイと再会するとともに、エヴァという人の形を残す。(そのためにはアダムとリリスの融合が必要。自身に埋め込んだ胎児のアダムをリリスの魂であるレイに埋め込み、レイを通じてアダムとリリスの融合を果たすことでエヴァ初号機に魂を導いてもらう?)

《結果》エヴァ初号機による遂行実現。ただしシンジとアスカの生存により、ゼーレ、ゲンドウ双方とも目的を達成できず。

【3】計画過程

①第1使徒アダムを回収(2000年南極(別名”白き月”)にて)

②アダムの研究とアダムに基づくエヴァの開発推進(人工進化研究所にて)

③アダムをベースに同じ技術体系で生まれた使徒タイプのエヴァ零号機とヒトタイプの綾波レイ誕生(魂が宿ったのはレイだけ)

④第2使徒リリスを回収(第3新東京市地下(別名”黒き月”)にて)

⑤リリスのコピーとしてのエヴァ初号機完成

⑥エヴァ初号機稼働実験(ユイが初号機のコアに取り込まれる)

⑦人類補完計画正式承認

⑧リリスの保全とエヴァの運用、使徒の殲滅を目的としたネルフ発足

⑨エヴァを使い、リリスとの融合を目指す第3~17使徒との生存競争に勝利(※使徒とは同じリリスから生まれながらヒトとは違い知恵の実を食べていない生存形態。リリスと融合すればサードインパクトを起こす存在)

⑩南極(白き月)にてロンギヌスの槍回収

⑪ロンギヌスの槍をリリスに刺し、すべての使徒を殲滅した後の補完計画発動までリリスを不完全体にとどめる

⑫エヴァの稼働においてパイロットの搭乗を必要としないダミーシステム完成

⑬エヴァ初号機が電源稼働を必要としないS2機関(※詳細不明)を使徒から直接取り込む。これにより使徒同様自立行動が可能になる

⑭成層圏の使徒の殲滅のためロンギヌスの槍を使用。リリスが不完全体の状態を維持できなくなる

⑮サードインパクトのためのエヴァ量産機の完成(ダミーシステム型)(※エヴァ量産機には第17使徒カヲルのダミーシステムを搭載。レイ&零号機と同系統の技術によるものだと思われる)

⑯黒き月にて儀式の開始。エヴァ弐号機を初号機の生贄に捧げ、初号機と量産機、リリスと融合したレイによりサードインパクト発動

⑰シンジとアスカの生還により計画完遂はならず

※⑥でユイが取り込まれたことを除き⑫まではゼーレ、ゲンドウ双方の行動計画は一致していたものと思われる。⑬からゼーレとゲンドウの計画が分かれていき、⑰で双方とも目的を果たせない結果になったということだろう。

※黒き月、白き月についてミサト同様卵という認識も可能だが、どちらかというと子宮と表現したほうが適当だろう。

【4】その他

○エヴァ弐号機の役割

弐号機は量産機の1体目。零号機の技術を生かしたものだと思われる(初号機は唯一リリスの分身であるという言及が作中であるため)。コアは確認されていない。量産機との戦いではアスカは弐号機に母親を感じており、実際にその思いに応えるかたちで暴走も起きているが、コアがないことから、自身の母を感じた描写はアスカの心理描写であり、暴走が起きた理由はエヴァの動物的な獣性とアダムコピー(=イブ=エヴァ)の名残としての母性によるものと考えられる。

本来の役割は使徒の殲滅とサードインパクトの儀式のための1体になることであったと考えられるが、ゼーレとネルフ(ゲンドウ)が対立した結果、儀式のための生贄にされたということだと思われる。

○エヴァ零号機の役割

純粋に試作機であったと思われる(0ナンバーということでサードインパクトの儀式に参加する機体としてはカウントされていないと思われる)。初号機や弐号機、量産機の技術的な基礎となると同時に綾波レイの開発とともに諸々の実験に利用されていたものと思われる。多くの零号機タイプの残骸も作中で描写されている。もちろん使徒殲滅に利用することは当初から考えられていたと思われる。

○ATフィールドの役割

アブソリュートテラーフィールドの略称。心の壁という表現も作中で用いられているが、哲学的な意味やロボットアニメのバリアー的な意味だけではない重要な意味がある。それは他者との相対により自我、自己、自身を形作るものであるということだ。この壁が反転するエネルギー(アンチATフィールド)となったときイコール人類が個を持つ群体でいられなくなるときを意味している。

○ロンギヌスの槍の役割

恐らくヒトとしての存在・かたちを維持する機能を持つものだと思われる。ヒトの始祖たるリリスのかたちを維持することに使用される一方、ヒトとは別の存在である使徒はATフィールドを貫き殲滅している。人類補完計画発動時は初号機に取り込まれ、その形状を失うことでアンチATフィールド発生の引き金となっている。

新劇場版と旧劇場版の関連性

旧劇場版では、シンジとアスカだけが人類補完計画、サードインパクトからの生還を果たし赤い海をバックにラストシーンを迎えているが、新劇場版ではこの赤い海がそのまま残っている。

つながりを示すと考えるほうが自然だろう。

また、新劇場版で、カヲルはシンジのことを「また3人目」「今度こそ幸せにしてみせる」と言っていたり、ミサトの階級が旧劇場版の三佐から一佐になっていたりしている点も示唆的だ。

ただ、この謎を解くうえで最も重要な存在はアスカだろう。「破」では惣流から式波に名前が変わっており(ほかに名前に変更が加えられたキャラはいない)、惣流アスカとは別の存在であることを匂わせている一方、「Q」では旧劇場版で量産機に怪我を負わされた箇所と一致する眼帯や包帯箇所(修繕箇所)のあるプラグスーツをまとっての登場となっている。

また、「Q」は「破」の14年後の世界であるが、容姿は14歳のときのそれと変わっておらず、それを自ら「エヴァの呪縛」と言っていたり、シンジに「助けてくれないんだ」と言っている点も見逃せない。

「破」のアスカは旧劇場版とは別人で「Q」のアスカは旧劇場版のアスカということかもしれない。となれば、少なくとも「Q」は旧劇場版からつながっている世界である可能性が高い。

メタ的な視点においても、庵野秀明が単なるリメイクをつくるはずがないと考えれば納得のいく考察だろう。

どういう結末を見るのか非常に楽しみである。

ちなみに、新劇場版は「Q」まですべて「”ヱ”ヴァンゲリ”ヲ”ン」とテレビシリーズ・旧劇場版の「エヴァンゲリオン」と表記を変えているが、公開予定の「シン・エヴァンゲリオン」はテレビや旧劇場版と同様の「エヴァンゲリオン」という表記に戻っている。「シン」に込められた様々な意味とともに意味があると考えるのが自然だろう。

【関連記事】

【関連商品】テレビシリーズ・旧劇場版ブルーレイボックス

【関連商品】新劇場版ブルーレイ

【動画配信】※無料トライアル視聴可

U-NEXT